【壊憲・改憲ウォッチ(46)】日本軍のコタバル上陸について
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
太平洋戦争から83年目にあたる2024年12月8日、私はマレーシアのコタバルにいました。
もともとは銀行ですが、太平洋戦争時には日本の憲兵隊の司令部として使用されたコタバルの建物が「戦争博物館」として公開されています。
時間に関してはいろいろな説がありますが、少なくとも真珠湾攻撃の1時間以上前に日本軍はイギリス領マレー半島のコタバルを攻撃しています。
【写真1】のように、「戦争博物館」では真珠湾攻撃の70分前にコタバルが攻撃されたと紹介されています。
【写真2】のように、日本の領土拡大の欲望のために1941年にクランタン州を戦場にしたこと、日本のクランタン州占領期、地域の多くの人々は the hardships や anguish を受けたと紹介されています。
辞書をひくと、 hardship は「(欠乏による)苦難、困窮」、 anguish は「(精神的・肉体的な激しい)苦痛」と紹介されています。
さらに【写真3】のように、日本軍は人びとをたたいたり殴ったり、女性をレイプしたり、虐殺するなどの「残虐行為」( atrocities )をしたと紹介されています。
真珠湾攻撃は多くの日本人にも知られていますが、真珠湾攻撃の前に日本軍がイギリス領マレーシアのコタバルを攻撃したことをほとんどの日本人は知りません。
もし「日本への原爆投下を知らない」とアメリカ人が言ったら、そのアメリカ人のことを日本人はどう思うでしょうか?
アジア諸国との友好関係を持つためには、過去の歴史をきちんと知ることが必須です。
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