【壊憲・改憲ウォッチ(26)】ビキニ事件と世論工作
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
1954年3月1日、この日は世界を驚愕させた「ビキニ事件」の日です。今回はビキニ事件と日本での「世論工作」について紹介します。
【1】ビキニ事件
1954年3月1日、アメリカは「ブラボー」実験を行いました。炸裂した水素爆弾「ブラボー」は、広島に落とされた原爆の1000 倍(15メガトン)の破壊力でした。第二次世界大戦時、世界中で使われたすべての弾薬や爆弾の威力を合計すると約3万メガトンなので5倍の威力、「阪神・淡路大震災」と比べると15倍の威力になります。
この水素爆弾は高さ50メートルのやぐらに置かれて点火されましたが、あとには深さ60メートル、直径2000メートルの大きな穴が空きました。爆発で砕けた50万トンのサンゴ礁は放射能を帯びた「死の灰」となり、周辺の海や島々に降り積もりました。きのこ雲は3万4千キロメートル、成層圏にまで達しました。放射能は広範な海と大気を汚染しました。
「死の灰」は爆心から160km離れた場所、アメリカが設定した「危険水域圏」から30km離れて操業していた第五福竜丸にも降り注ぎました。第五福竜丸の乗組員23人全員が「ヒバク」しました。
目まい、頭痛、吐き気、下痢など、放射性物質を浴びた影響はその日に出ました。1週間たつと髪の毛が抜けはじめました。引っ張ると痛みもなく髪の毛が簡単に抜けました。
8月20日、無線長の久保山愛吉さんの病状が急変しました。その後、暴れたり大声を出したり昏睡状態を繰り返しました。そして9月23日、家族や仲間たちの涙の中で久保山さんは亡くなりました。死因は「急性放射能症とその続発症」と発表されました。解剖した結果、内臓は肉眼でもはっきりわかるほど放射性物質に汚染されていたと言います。
【2】アメリカ、読売新聞、日本テレビによる世論工作
「原水爆の被害者は、私を最後にしてほしい」という久保山愛吉さんの最期の言葉が紹介されると、国民の怒りは爆発しました。日本での反米感情に危機感を持ったアメリカは、日本に世論工作をはじめました。アメリカの世論工作に『読売新聞』と日本テレビも関わりました。
プロレスや相撲、プロ野球、バラエティ番組や音楽番組などで人気を得ていた日本テレビや『読売新聞』は原子力の導入、平和利用を大々的に宣伝しました。
1954年8月、『読売新聞』は11日間にわたり「誰にもわかる原子力展」を新宿の伊勢丹デパートで開催します。原子力の平和利用は必要という内容でした。
1955年11月から12月にかけ、読売新聞社とアメリカ公報庁の共催で「原子力平和利用博覧会」が日比谷公園で開催されます。この展覧会ではとくに「マジック・ハンド」が圧倒的な人気を得て、36万人が来場しました。この状況を読売新聞系の日本テレビが大々的に放送しました。
読売新聞社と日本テレビなどがアメリカと実行した世論工作の影響で、反原子力の国民世論は沈静化しました。原子力の平和利用によって日本にも明るい未来が待っていると世論も変わりました。
池上彰『高校生からわかる原子力』(集英社、2012年)などをご覧ください。
【3】日米政府による世論工作
世論誘導はメディアだけではありません。1954年3月17日、アメリカのコール原子力委員長は「漁師たちは危険区域内で実験をスパイしていたこともありうる」と発言しました。
3月24日、衆議院外務委員会で岡崎勝男外務大臣は「原子灰と申しますか、この灰を持ち去られたといううわさはわれわれも耳にしておりまして、警察等に調べてもらつております」と答弁しました。
実際、アメリカのCIAや日本の公安調査庁は乗組員や家族の身元調査を始めました。こうした日米政府の対応も乗組員たちへの差別や誹謗をもたらしました。
【4】ネットでの書込みに関して
放射性物質は久保山さんだけではなく、長期間にわたり乗組員の命を奪っていきました。
2021年3月21日、第五福竜丸の乗組員の大石又七さんが亡くなったことが報道されました。大石さんは核兵器の恐ろしさを訴えるために講演活動や執筆活動をしてきました。
ところが大石さんが亡くなったとの報道に対して、「87歳まで生きていた」、「放射能の影響なんてなかった」、「禁止区で密漁していた」等の書き込みがされました。
無知と非常識にもほどがあります。乗組員の多くが放射性物質を原因とするがんで亡くなっています。大石さんも差別と偏見、迫りくる死の恐怖にさらされながら、長い闘病生活をしてきました。大石さんはアメリカの核実験のヒバクのため、肝臓がんの発病、白内障、糖尿病、気管支炎、不整脈、臭覚もなくなるなど、1日36種類の薬を飲まなければならない体にされたのです。
大石さんは2人の子どもに恵まれましたが、2人の子どもが生まれる前、第一児は奇形による死産で亡くなりました。
第五福竜丸の乗組員がどれほどつらい体験をしてきたか、私たちはきちんと向き合うべきです。大石又七『これだけは伝えておきたい ビキニ事件の表と裏』(かもがわ出版、2007年)などをご覧ください。
【5】世論工作について
第五福竜丸の「ヒバク」に関しても日米両政府、日本の大手メディアの世論工作により、日本の世論は短期間で激変しました。こうした世論工作は「過去の事例」ではありません。「【壊憲・改憲ウオッチ(22)】「防衛省による世論誘導と「安保3文書」」でも紹介したように、「戦争できる国づくり」にむけ、政府、メディア、そして最近はSNSなどにより世論工作が行われている現実も念頭に置く必要があります。
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