【壊憲・改憲ウォッチ(10)】自民党「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」の問題点
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
2022年4月26日、自民党の安全保障調査会は「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」を策定しました(以下、「提言」という)。提言は憲法の平和主義の空洞化を一層進めるものであり、極めて問題です。
【1】提言の問題点
(1) 米軍の「一部化」をもたらす提言
提言では「米国の戦略文書体系との整合性も踏まえ、『防衛計画の大綱』に代わり、『国家防衛戦略』を新たに策定するとともに、米国の『国家軍事戦略』を参考に防衛力の運用に焦点を置いた文書の策定について、防衛省において検討する」とされます。提言は「戦略文書」のレベルでも「米軍の一部化」を推進するものになります。「米軍の一部化」が進むことで、アメリカの戦争でアメリカ軍の代わりに自衛隊が戦う可能性がさらに高まります。
提言では「南西地域の防衛体制の強化」に言及されています。すでに与那国島、宮古島、沖縄本島、奄美大島、馬毛島には自衛隊が配備・計画されています。「南西諸島・九州での自衛隊配備・強化」は①自衛隊の生き残りと同時に②米軍への軍事戦略に加担するものであり、中国の太平洋進出をアメリカ軍の代わりに自衛隊が阻止する役割を担うものです。提言は米軍の対中国戦略の肩代わりを担う自衛隊の役割をさらに進めるものになります。
(2)敵基地攻撃能力の保有
アメリカの代わりにアメリカの戦争に自衛隊を参加させる「米軍の一部化」は「敵基地攻撃能力の保有」にも明確に現れます。提言では「わが国は米国との緊密な連携の下、相手領域内への打撃についてはこれまで米国に依存してきた。しかし、ミサイル技術の急速な変化・進化により迎撃は困難となってきており、迎撃のみではわが国を防衛しきれない恐れがある」とされます。そこで「弾道ミサイル攻撃を含むわが国への武力攻撃に対する反撃能力 ( counterstrike capabilities )を保有し、これらの攻撃を抑止し、対処する。反撃能力の対象範囲は、相手国のミサイル基地に限定されるものではなく、相手国の指揮統制機能等も含むものとする」とされます。
「敵基地攻撃論」で忘れられてはならないのは、日本が攻撃されてもいないのに「先に攻撃する」のを認める理論ということです。実際、メディア等でも「他国領域内からミサイルを撃たれる前に発射拠点や司令部を攻撃する」(『時事通信』2022年1月30日付)と報じられています。「提言」では先に攻撃するという実態を隠すために「反撃能力」とされますが、こうした言い換えにごまかされてはなりません。政治的意図としても、「敵地攻撃は本来、中国対策だ。日本の軍事力劣勢を改善する必要がある。そのための努力の一要素として導入が検討されている施策である。ただ、対中導入では国民の納得は得難い。……そのための口実として北朝鮮の弾道弾脅威を持ち出している」と文谷数重氏は指摘します(『軍事研究2022年3月号』198頁)。
提言では「相手国の指揮統制機能等」も攻撃対象とされます。これを日本に当てはめれば、市ヶ谷を攻撃することになります。実際、自民党政治家には中国北京の攻撃を主張する人もいます。提言がその通りに実現されれば、日本が攻撃されてもいないのに政治家の判断で自衛隊が先に北京を攻撃するようなこともなされる可能性もあります。敵基地攻撃能力の保有は「専守防衛」から逸脱し、日本国憲法の平和主義からは全く認められません。
(3)対GDP比2%以上の実現
「敵基地攻撃能力」、提言でいう「反撃能力」の保有は軍事費の大幅な増加をもたらします。提言では、5年以内に対GDP比2%以上の達成を目指すとされます。これが実現されれば、日本の軍事費(防衛費)は11兆を超えます。アメリカ、中国に続き、世界第3位の軍事費を費やす国になります。『日経新聞』2022年4月25日付では55%が賛成と報じられています。
しかし、適切な説明がされた上でこうした世論調査がなされたのでしょうか? 「財源」はどうするのでしょうか。消費税率の引上げか。他の増税か。福祉や教育費等を削減するのか。コロナ禍で多くの市民が大変な状況にある中、軍事費(防衛費)だけこうした増額をするのが適切なのでしょうか? 2021年の女性の自殺者は7068人。2年連続で増加しています。厚労省自殺対策推進室は「さまざまな場面でコロナの影響が続いているとみられる」と分析します(『産経新聞』2022年3月15日付)。「生活苦」を理由にする自殺者も少なくありません。軍事費GDP比2%以上ではなく、生活苦で自殺者が出ないために国家予算を費やすべきではないでしょうか。
(4) 「実際の戦争」にむけた体制構築
提言では「自衛隊員の戦力発揮や生命保護に、自衛隊の衛生機能の強化は必要不可欠である。事態対処時において、第一線から病院に至るまでの救命率の向上を図る中で、特に、戦傷外科における対応力を強化する」とされています。実際の戦争を意識して「戦傷外科」の対応力強化が目指されます。
また、提言では「有事における確実な部隊活動のため民間施設等の確保・使用について民間との連携を深化させる」ともされています。こうして提言では有事の「民間動員体制」構築もめざしています。民間人の戦争動員も「平和的生存権」(憲法前文)からは認められません。なお、自民党は女性自衛官の戦地派遣を可能にする対応をすすめてきましたが、「女性自衛官の更なる活躍」への言及は、女性の戦地派遣等も含めた、さらなる女性自衛官の活用を念頭に置いています。
(5)警察や海上保安庁との連携強化
提言では「シームレスな対応の観点から、自衛隊と海上保安庁及び警察の円滑な連携の実現をするための取組(通信、情報共有を含む実践的な共同訓練、可能なものは共通の装備の導入等)を平素から推進する」とされています。たとえば海洋監視強化のため、海上保安庁は海上自衛隊八戸航空基地を拠点に2022年10月から大型無人航空機「シーガーディアン」を導入する予定です(『東奥日報』2022年4月2日付)。こうした動きも自衛隊と海保の連携の一環となります。
(6) 武器輸出の推進
提言では「防衛装備移転に積極的に取り組む」とされています。「防衛装備移転」といいますが、かつては「武器輸出」と言われていました。提言では「防衛装備移転」(武器輸出)の目的の一つとして、「厳しい状況に置かれるわが国防衛産業基盤の維持・強化」が挙げられます。「戦争できる国づくり」の一環をなし、岸田自公政権が成立させた「経済安保法」の実施に歩調を合わせる提言ともなります。
そして「特に、今般のロシアによるウクライナ侵略のような国際法違反の侵略が生じた際、侵略を受けている国に対し、幅広い分野の装備の移転を可能とする制度のあり方について検討する」とされています。武力紛争の当事国に武器等を輸出する行為は国際社会では「武力行使」と見做されます。憲法9条で認められない行為です。武力紛争の当事国の一方に武器等を提供すれば、他の武力紛争当事国から攻撃を受ける危険性が生じます。「亡国の主張」と言わざるを得ません。
【2】平和外交をめざす日本国憲法と相容れない提言
提言では「アジアにはNATOのような条約に基づく多国間の安全保障枠組みが存在しないことに留意し」とされています。提言ではNATOには何度も言及されますが、EUへの言及がありません。普仏戦争、第一次世界大戦、第二次世界大戦と、短い期間に何度も戦争をしてきたドイツとフランスが決して戦争をしないようにするため、ヨーロッパでは粘り強いとりくみが積み重ねられてきました。EUはそうしたとりくみの成果、戦争阻止のための組織です。ヨーロッパでの平和構築のとりくみとは異なり、自民党の提言には戦争を避けようとする意図、平和的外交、経済関係深化により近隣諸国との平和構築を目指す視点がほとんどありません。
提言では「例えば、中国は地上発射型の中距離以下の弾道ミサイルだけでも約1900発保有する」と指摘しています。提言は武力で中国に対応しようとしていますが、これらのミサイルの飽和攻撃を防ぐことができるのでしょうか? 「抑止力」というのかもしれませんが、たとえばロシアに脅しが通用するのでしょうか? かえって武力攻撃の火種を作り、武力攻撃の口実を与えてしまうのではないでしょうか?
武力紛争や戦争が言語に絶する犠牲や被害をもたらすことは、残念ながらロシアのウクライナ侵略が生み出した悲惨な事実で再び証明されています。武力行使は絶対に許してはいけません。平和的外交や経済関係の構築等により、武力紛争を回避する政治が必要です。「武力で平和は作れない」のです。こうした視点を欠き、武力での対応を全面的に押し出す提言は、日本国憲法の平和主義からは決して認められません。そして提言には、日本を戦争の惨禍に巻き込む可能性をもたらすという致命的欠陥があります。
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