【壊憲・改憲ウォッチ(8)】国会議員の任期延長の憲法改正論議について
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
【1】はじめに
いま、衆議院の憲法審査会では国会議員の任期延長を可能にする憲法改正論議がされています。
憲法改正国民投票には850億円もの税金がかかりますが、主権者である国民の投票の権利(憲法15条)の行使が先送りされ、国会議員が選挙なしに議員のままでいるのを可能にする憲法改正にこれほど多額の税金をかけることに納得できますか?
公職選挙法や国会法の改正で国民が投票できる環境を整えず、憲法改正で850億円もの税金をかけようとするのは国会議員の仕事をしていないと言わざるをません。
緊急事態を名目に国会議員の地位に留まるつもりと言われても仕方がないと思われます。
以下、憲法審査会などで自民党、公明党、日本維新の会、国民民主党の「改憲4政党」が主張する「国会議員の任期延長のための憲法改正論議」を論じます。
【2】大震災などで選挙ができない等の主張に関して
「改憲4政党」は大震災等で選挙ができない時には議員の任期延長が必要と主張します。ただ、参政権は「主権者として、国の政治に参加する権利」であり、「近代立憲主義憲法においてあまねく保障されている重要な権利」です※1。大震災等があっても主権者が政治に参加するため、公職選挙法や国会法の改正で対応することを真剣に検討すべきです。
そうした対応もせずに主権者の投票の機会を先送りして自分たちは国会議員の座に居座り、850億円もかけて憲法改正国民投票をしようとするのは「国会の怠慢」です。
2022年3月17日、自民党の山下貴司議員は憲法審査会で「憲法の下位にある法律で、憲 法で明記されている任期を覆すというのは、下位の法律が憲法を覆すといい、そういった 御意見であり、私としては到底受け入れることができない」と発言しました。
だったら2021年の衆議院選挙は何だったのでしょうか? 2017年の衆議院選挙は10月22日なのに、衆議院選挙が行われたのは10月31日でした。憲法45条で定められた、4年という期間を過ぎています。憲法上、問題です。そのことを改憲4政党はどう考えるのでしょうか?
4年という期間内に選挙をしなかったもの自民党の事情です。今でさえ自民党は党内の事情で4年という憲法の規定を守っていません。ましてや選挙を先延ばしにする憲法改正がされたら、国会議員の都合で選挙が先延ばしにされる危険性があります。主権者としての重要な権利である投票権の行使の機会を棚上げにして国会議員を居座らせることは「国民主権」の立場から認めることができません。
なお、2021年6月には改憲手続法(憲法改正国民投票法)が改正されました。この改正では繰延投票の告示期間が5日前から2日前とされました。大震災等で投票できない地域があるから国会議員の任期を延長すると言いながら、改憲手続法や公職選挙法では大震災等の際の繰延投票の投票期間を短縮するのは矛盾しています。本当に被災地のことを考えるのであれば、告示期間が2日前とされる改憲手続法や公職選挙法は改正すべきです。
【3】緊急時の国会機能の維持について
緊急時であっても国会の機能を維持させることが必要だと改憲4政党は主張します。いまコロナで市民が大変な状況にありますが、国会が本当に市民のための仕事をしてきたのか、そのことも検討する必要があります。
その上、緊急時に国会の機能維持が重要というのであれば、2020年と2021年、コロナ感染で市民が大変な状況にある中、憲法53条に基づいて国会召集の要求があったにもかかわらず、なぜ安倍自公政権や菅自公政権は数か月も国会を開催しなかったのでしょうか?
緊急時の国会機能の維持が重要というのであれば、改憲4政党はまずはそのことを問題にすべきです。国会法102条の6ではそうした議論も憲法審査会の任務とされています。憲法審査会で議論すべきは国会議員の任期延長ではなく、コロナへの対策を求めて憲法53条の要求があったにもかかわらず、数か月も国会を召集しなかった安倍・菅自公政権の対応です。
【4】行政監視について
国会議員の任期延長の改憲の口実として、行政監視ということも改憲4政党は主張します。ここでも疑問なのは、最近の国会は本当に行政の監視をしてきたのかということです。森友学園問題をめぐり、2017年に憲法53条に基づいて国会召集要求がなされました。ところが安倍自公政権は3か月以上も国会を開催しませんでした。
2020年12月21日、「桜を見る会」前夜祭に関する疑惑を巡り、衆議院調査局は、安倍晋三元首相が2019年11月から2020年3月の間に事実と異なる国会答弁を118回していたと明らかにしました。総理大臣が国会で僅か4か月で118回も嘘をついたというのはギネスものですが、この問題も国会で十分な検証がされていません。
森友学園問題では公文書の改ざんという、民主主義の根幹を揺るがす事態も明らかになりました。公文書の改ざんをさせられた職員は自殺しています。その職員を自殺に追い込んだのは野党議員だという、悪質極まりないフェイクニュースも流れています。
国会による行政監視というのであれば、森友学園や桜を見る会の問題も「民主主義」の根幹にかかわる重要な問題として、国会法102条の6に基づいて徹底的な調査と議論を行うべきです。
【5】被災地の声が反映されないとの主張について
2022年3月31日、公明党の中野洋昌議員は衆議院憲法審査会で以下の発言をしました。
「被災地の選出の議員が長期間いない、あるいは比例ブロックの議員が長期間いない、このまま対応することが、果たして国会の行政監視機能の在り方として本当にあるべき姿なのかということかと思います。東日本大震災の例でいいますと、最も長い自治体では8か月以上選挙が延期をされた、こういう状況もございます」。
被災地選出の議員や比例ブロックの議員が長期間存在しないというのは確かに問題です。ただ、そのことを理由に日本全国の選挙を一斉に延期すべきでしょうか? 投票権が主権者としての重要な権利であることを軽く考えすぎではないでしょうか。
東日本大震災の例でいえば、関東や東海地方などは選挙ができない状況ではありませんでした。にもかかわらず、たとえば8か月も全国一斉に選挙を延期すべきでしょうか? 被災地選出の議員や比例ブロックの議員が長期間存在しないのは問題だとしても、だからといって全国一斉に選挙を長期間、延期するのはやりすぎです。
選挙が可能な地域は選挙をおこない、選出された議員は「全国民を代表する」議員として被災地の復興に携わり、選挙が可能になった被災地では繰延投票等で速やかに議員を選出することこそ、緊急時での民主主義を実現する対応です。選挙が可能であるにもかかわらず選挙を先延ばしした議員がそのままでいるのでは「民主的な議員」と言えなくなるでしょう。
【6】おわりに
国会議員の任期延長を可能にする憲法改正論議ですが、こうした憲法改正が実現すれば、政治家の判断で主権者の権利である投票の機会が先延ばしにされ、国会議員が議員のままで居座ることが可能になります。
国会議員が選挙なしに議員で居続けることの是非を問う憲法改正国民投票に850億円もかけることに納得できるでしょうか?
主権者である国民の重要な権利である投票権行使のため、任期内に投票できるように公職選挙法や国会法の改正するのが先です。そうした検討と対策もとらず、国会議員の任期を延長するために憲法改正をしようとするのは「国会の怠慢」です。
850億円もの税金を国会議員の任期延長のために使うことに納得できるでしょうか? そうした予算はコロナ感染で大変な状況にある市民のために使うべきではないでしょうか。
全国大学生協連が3月に公表した学生実態の調査結果では、コロナ禍でバイト収入が減少し、食費を削らざるを得ない学生が出るなど、問題の深刻さが報告されています。3月15日、厚生労働省は2021年の自殺者数が公表しました。女性や若者が増加しています。コロナ感染拡大が自殺者増加の原因とみられています。
国会議員を選挙なしにその地位にとどまらせる憲法改正のために850億円もの費用を費やすのではなく、コロナで大変な状況にある市民のために使うべきではないでしょうか。
※1 芦辺信喜『日本国憲法』(岩波書店、1993年)195頁。
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