【壊憲・改憲ウォッチ(7)】検証・山下発言 ワイマール憲法と緊急事態条項
飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)
2022年3月、衆議院では憲法審査会が毎週、開催されています。「国権の最高機関」(憲法41条)であり、「国の最高法規」(憲法98条1項)である「憲法」の議論をするのであれば、きちんとした知識に基づいて議論をしてほしいと思います。それが国会議員の役割です。
ところが衆議院憲法審査会での議論を聞くと、あまりにも国会議員たちのレベルが低く、絶句します。
たとえば日本維新の会の国会議員たちは、「憲法審査会を開催しないことは憲法制定権力の侵害」等の発言を繰り返しています。
憲法制定権力を持ち出す日本維新の会の主張については2022年3月16日、憲法研究者82名が賛同した声明で「全く根拠がない」と批判しています。
あまりにもレベルが低い発言をしているにもかかわらず、間違った事を堂々と発言する国会議員の例として、今回は2022年3月17日の憲法審査会での自由民主党の山下貴司議員の発言を紹介し、その問題点を指摘します。
山下貴司議員は以下の発言をしました。
「ワイマール憲法の歴史を見れば、これは、ワイマール憲法下で、選挙に極めて厳しい制限を置いて、その中で圧倒的多数 を把握したナチスが全権委任法を制定して、それで憲法秩序を破壊したものであって、緊急事態条項があるから駄目なんだというのは、ちょっと私は中途半端なワイマール憲法の学び方であろうと思います」
以下、問題点を指摘します(ドイツでの見解を紹介するため、今回は注もつけました。なお、「ワイマール」は地の文では「ヴァイマール」と表記しています)。
(1)「選挙で極めて厳しい制限」について
まず、山下発言での「選挙で極めて厳しい制限」についてです。具体的には①「ドイツ国民の保護に関する2月4日の共和国大統領命令」や②「国民と国家の保護のための2月28日の共和国大統領命令」のことだと思われます。1933年1月30日にヒトラーは政権の座につくと2月1日に国会を解散し、総選挙を3月5日と決定しました。選挙期間中にヒトラーはヴァイマール憲法48条の緊急事態条項を用いて政敵の政治活動を規制・はく奪しました。
選挙期間中にもかかわらず、①を根拠に内務大臣フリックには集会や行進を禁止する権限や出版を禁止する権限といった、政治活動を大幅に規制する権限が与えられました。この命令に基づいて中道および左翼政党の選挙集会などは強制解散させられました※1。
共産党機関紙『赤旗』や社会民主党機関紙『前進』などは「公共の安全に対する重大な障害を生じさせる虞がある」ということで発禁処分とされました※2。
2月17日にゲーリングは共産主義者に対して容赦なく武器を使用することを警察官に命じました(いわゆる「射撃命令」)。その法的根拠は2月4日の大統領命令でした※3。
②は2月27日に国会が放火された翌日に出された命令のため、「国会炎上命令」とも言われます。この命令に基づき、1933年の秋までに約10万人が身体拘束されました※4。
こうしてナチスは選挙前の政敵の政治活動の自由を剝奪しましたが、①と②はヴァイマール憲法48条の緊急事態条項を根拠に出された命令です。
(2)圧倒的多数とは?
次に、山下議員の言う「圧倒的多数」とは何でしょうか? というのも、ワイマール憲法48条の緊急事態条項を根拠とする弾圧にもかかわらず、ナチスは選挙で過半数を獲得できませんでした。1933年3月5日の選挙でナチスが獲得したのは総議席数647人中288と過半数にも至らなかったのです。
一方、共産党と社会民主党は選挙期間中の弾圧にもかかわらず、「授権法」成立を阻止するのに必要な3分の1近い議席を確保しました(社会民主党120議席、共産党81議席)。過半数に満たない議席しか得られなかったのに「圧倒的多数」と言えるのでしょうか?
(3)「授権法」成立に際して
ナチスは選挙では過半数の議席すら得られませんでした。しかし「授権法」を成立させるため、ナチスはヴァイマール憲法48条の緊急事態条項を悪用しました。
社民党と共産党等など、総議員の3分の1以上の議員が反対すれば「授権法」の成立は阻止できますが、新国会召集の前、ナチス・ヒトラーは上記②の大統領命令に基づいて共産党の全議員81人や数名の社会民主党員を逮捕しました。これは「議員の不逮捕特権」を定めたヴァイマール憲法37条違反です。さらには共産党の全議席を無効とする措置をとりました。
こうした状況で「授権法」が国会で審議されました。その結果、「授権法」は441対94(反対は社会民主党だけ)という圧倒的多数で3月23日に国会で可決されました。
このように、ヒトラー・ナチスは選挙で政治的に目障りな存在を弾圧するためにヴァイマール憲法48条の緊急事態条項を最大に悪用しました。だからこそ第2次世界大戦後、ドイツではヴァイマール憲法48条のような緊急事態条項は危険だと考えられていました。だからこそ1949年に成立したボン基本法(基本法と言いますが実際には憲法です)には当初、緊急事態条項が明記されなかったのです。
「緊急事態条項があるから駄目なんだというのは、ちょっと私は中途半端なワイマール憲法の学び方」と自民党の山下議員は発言しましたが、こうした山下議員の主張こそ極めて「中途半端なワイマール憲法の学び方」です。
憲法審査会で発言をするのであれば、こんなお粗末な知識でなく、もう少しきちんと歴史などを学んだうえで発言すべきです。それこそ国会議員としての責務です。
※1 ハインツ・ヘーネ著/五十嵐智友訳『ヒトラー独裁への道』(朝日新聞社、1995年)401頁。
※2 F.M.Watkins, The Failure of Constitution Emergency Powers under the German Republic,Harvard University ress,1939,pp.114-5.
※3 O.K.Flechtheim,Die KPD in der Weimarer Republik, 3.Aufl.Europäische Verlagsanstalt, 1973,S.286f;Wolfgang Michalka,“Das Dritte Reich” Martin Vogt(Hrsg.),Deutsche geschichte,von den Anfängen bis zur Gegenwart,1997,S.695.
※4 Werner Frotscher/Bodo Pieroth,Verfassungsgeschichte., 3.Aufl.C.H.Beck’sche Verlagsbuchhandlung,München,2002,S.312.
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