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アフガニスタンへの自衛隊機派遣について

2021年8月31日

戦争をさせない1000人委員会事務局次長の飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)より、今回行われたアフガニスタンへの自衛隊機派遣について、論考を寄せていただきました。

アフガニスタンへの自衛隊機派遣について

飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)

1.はじめに

今回のアフガニスタンへの自衛隊機派遣に関して、危険な日本人を守るためには当然である、オスプレイを派遣しろ、さらには邦人救出の足かせになっている自衛隊法や憲法も改正すべきなどとの意見も出ている。しかし、問題はそんなに単純ではない。アフガニスタンへの自衛隊機派遣には以下の問題がある。

2.派遣される自衛官の安全対策は十分か

まず、派遣される自衛官の安全は確保されているのか。菅自公政権は「在外邦人等の輸送」(自衛隊法84条の4)を根拠にアフガニスタンに自衛隊機を派遣した。しかし、「在外邦人等の輸送」で要件とされている、「当該輸送において予想される危険及びこれを避けるための方策について外務大臣と協議し、当該輸送を安全に実施することができると認めるとき」との要件を満たしているのか。菅政権は現場の状況を踏まえて真摯な議論を行い、「当該輸送を安全に実施することができる」対策を立てたのか。20日には記者会見で自衛隊機派遣をしないと岸防衛大臣は発言したが、23日、菅首相や岸防衛大臣など4大臣による「国家安全保障会議」で自衛隊派遣が決定された。会議時間は19分。19分でどのような安全対策が立てられたのか。在外邦人を救出する緊急性があるとしても、派遣される自衛官の安全性も確保できない状態で派遣命令を出したのであれば、菅自公政権の自衛隊機派遣命令は極めて無責任であるし、自衛隊法84条の4違反となる。

8月27日、岸防衛大臣は「カブール空港の安全は米軍によって確保されている」と発言したが、前日26日、カブール空港周辺での自爆テロでは13人の米兵を含む170人以上の死者、200人近くが負傷した。空港が安全であるはずがない。菅自公政権がいう「安心安全」が全くあてにならないことはコロナ感染対策で証明済みである。在外邦人退避のために自衛隊派遣は当然という意見も散見されるが、十分な安全対応もせずに自衛隊を派遣せよというのは極めて無責任な主張である。派遣される自衛官の命の重みを考えるべきである。

3.パラリンピックを優先した菅首相

次に、自衛官を危険な地域に派遣するにもかかわらず、自衛官やその家族への配慮、そしてアフガニスタンに残された日本人や関係者への配慮がない菅首相にも問題がある。タリバンが所有する武器などを考慮すれば、C-130やC-2などが攻撃対象になる可能性は低いとの主張もある。ただ、タリバンが米軍の最新兵器を所持していることはサリバン米大統領補佐官も17日の記者会見で認めており、自衛隊機への攻撃が皆無とも言い切れない。ISホラサン州によるテロの危険性もある。実際、防衛省・自衛隊では安全に活動できるかどうか、不安視する声も出ている。また、現地に残された日本人や関係者も危険な状況にある。

ところが8月25日の菅首相の朝一番のツイートはどうか。「全国から集められた聖火が国立競技場に灯り、パラリンピックが開会しました。この希望の光のもとで、世界のパラアスリートの皆さんが全力を尽くす、その姿を通じて、皆様と感動を分かち合えることを心から楽しみにしています。政府としては、感染対策を徹底し、大会を成功に導いてまいります」というのが菅首相の最初のツイートであった。岸信夫防衛大臣が「治安情勢が急激に悪化した」と発言したアフガニスタンに派遣される自衛官、そうした危険な地域に派遣される自衛官の家族の気持ちを考えたら、自衛官の安全祈願や家族への配慮を込めた発言こそ、最初に発せられるべきではなかったか。8月20日から29日にかけ、菅首相のアカウントが発したツイート数はリツイートを含め20。そのうち7つはパラリンピック関係で「~選手金メダルおめでとう」等の内容で、派遣される自衛官への心配やねぎらいのツイート、現地の日本人を心配するツイートは一つもない。菅首相のtwitterをみれば、派遣される自衛官の危険性や家族、アフガニスタンにいる日本人や関係者への心配よりもパラリンピックを優先していると言わざるを得ない。

4.今後、在外邦人を救出するために

アフガニスタンにいる日本人や関係者の生命や安全のため、菅自公政権は全力を挙げて対応する必要がある。しかし、日本人等救出の手段として自衛隊機の派遣は適切なのか。タリバンの報道官は、「日本人は保護する」、「友好的な関係を維持したい」と発言する一方、自衛隊には撤退を要求している。タリバンがこうした立場であることを踏まえれば、菅自公政権には平和的・外交的手段で邦人や関係者を退避させる方が適切である。

そして「邦人救出」「人道のため」などと主張して、今回の件を口実とする自衛隊法改正、憲法改正を主張する論議が出はじめている。ただ、韓国は素早い対応で自国民などを空港までバスで運び、390人の避難を26日午後に成功させた。韓国の事例を踏まえれば、日本人や関係者の退去が順調にいかなかったのは「自衛隊法」や「憲法」のせいではない。またしても菅自公政権の対策が「後手後手」だったからである。

『産経新聞』2021年8月29日付(電子版)は、菅政権が迅速にアフガニスタンの事態に対応した旨の記事を配信している。この記事は、「さすが御用新聞の産経。政府の失態を隠すのに必至な記事ですね」などと評判が悪い。ただ、こうした記事でも役に立つ情報はある。岸防衛大臣が自衛隊機派遣を決定したのは21日との記載である。そうであれば、なぜ岸防衛大臣は21日中に菅首相に打診し、菅首相も邦人救出のための対応をしなかったのか。国家安全保障会議が開催されたのは23日である。緊急事態にもかかわらず2日間の遅れは致命的である。しかもパラリンピックへのコメントを連続して出しながら、現地に残された日本人や派遣される自衛官の安全などのコメントを一言も発していない菅首相のTwitterを見ると、本当にアフガニスタンにいる邦人や関係者の生命・安全を憂慮していたのかも疑わしい。

今回の菅自公政権の対応の遅れについて、「これまで徹底的に自衛隊の足を引っ張ってきた立憲・共産の罪は重い」など、野党のせいにするコメントも存在する。菅自公政権の対応を直視せず、こんな的外れな発言をして恥ずかしくないのか?さらには「早く自衛隊法や、憲法など、関係法を変えて現場での任務に支障がないようにしてほしいです」旨の書き込みが存在する。こうしたコメントに対しては、「自衛隊法? なに議論をすり替えてるんだ。要は外務省の初動体制・情報収集が全く不十分だったから、この事態に陥ったのではないか。自衛隊派遣をする前に、退避手段などの手はずを整えなければならなかった、それは外務省の責務だろう。現に大使館要員は安全に退避しているではないか?それとも自衛隊に現地でドンパチやれるようにしろ、と言いたいのか?」とのコメントも存在する。

何より今回の件を口実に自衛隊法改正、憲法改正を主張する者たちは、いい加減で無責任な政治家たちの判断で危険な目に遭うのは派遣される自衛官たちということ、自衛官たちが犠牲となれば悲しむのは自衛官の家族や関係者という重大さを真剣に認識する必要がある。今回の件でも防衛省・自衛隊からは「政治の判断ミスは明らかだ」「早く動いていれば違う展開もあったのではないか」との声が上がっている(『東京新聞』2021年8月28日付)。コロナ対策だけでなく、アフガニスタンからの邦人退出に際しても後手後手に回った菅自公政権の対応、パラリンピックを優先する菅首相の問題を棚上げにして、自衛官に危険な戦闘をさせることになる自衛隊法改正や憲法改正論議をするのは責任転嫁に他ならない。自衛官が危険な任務を遂行するのは当然との意見もあるかもしれない。

しかし、多くの現役・元自衛官たちとの関係をもち、著書等を公表してきた私としては、いい加減で無責任な政治家たちの不適切な決断で自衛官の生命が危機にさらされる事態が生じるのは避けるべきと考えている。現場に行かない政治家や(元)幹部自衛官はテレビなどで海外での武力行使に積極的な発言をするが、実際に派遣され、生命の危険に晒される曹士自衛官の多くは、無責任な政治家たちの海外派兵の主張に反対する現実も踏まえる必要がある。憲法や自衛隊法の制約は、無責任な政治家たちの不適切な判断で自衛官が危険な地域に派遣されることの歯止めとなる現実も認識する必要がある。

フランスは5月の段階ですでに退避の準備を進めていた。韓国も8月上旬から綿密に救出手段を検討・実施していた。今回の事例を教訓とするのであれば、紛争後の邦人救出のために自衛隊の実力行使を容易にする「自衛隊法」や「憲法」の改正ではなく、今回のような事態に至る前にどのように日本人を危険な地域から退出させるのか、万が一、不幸にも退避できない邦人が出たとき、どのように経済的・外交的・政治的手段を駆使して邦人を救出するか、そうした議論をすべきである。