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投票環境を悪化させる改正改憲手続法(国民投票法)成立について

2021年6月21日

戦争をさせない1000人委員会事務局次長の飯島滋明さん(名古屋学院大学教授)より、6月11日に成立した改正改憲手続法の問題性について、論考を寄せていただきました。

投票環境を悪化させる改正改憲手続法(国民投票法)成立について

飯島滋明(名古屋学院大学、憲法学・平和学)

1.「政府の宣伝係」の役割を果たす全国紙

2021年6月11日、改正改憲手続法が成立した。この成立については東京新聞や琉球新報などの地方紙は法の現実を直視し、その問題点を指摘する記事を書いている。一方、全国紙はどうか。「これらの措置〔公選法並び7項目〕は、有権者の利便性を高めるため、すでに国政選で導入されている。国民投票にも適用するのは当然である」(『読売新聞』2021年6月12日付社説)、「国政選並みに利便性向上」(『産経新聞』2021年6月12日付)などと主張する。

確かに今回の法改正により、投票環境が向上する側面があることも全面的には否定できない。しかし、公職選挙法の7項目に合わせて改憲手続法を改正する今回の改正案は、「投票環境の向上」どころか「投票環境の悪化」「利便性の悪化」につながる可能性も高い。残念ながら全国紙は「社会の木鐸」「権力の監視」の役割を果たさず、自民党や公明党の主張をそのまま垂れ流し、「与党の宣伝係」となっている。本稿では「公選法並び7項目の改憲手続法」の問題を紹介する。

なお、この法律をメディアは「国民投票法」としている。ただ、法律の正式名称は「日本国憲法の改正手続に関する法律」であり、「国民投票」の文字はない。参議院の資料でも「憲法改正手続法」とされている。本稿では「改憲手続法」とする。

2.「公選法並び7項目」に関わる問題点

(1)投票環境を悪化させる可能性のある項目

まず、「公選法並び7項目」のうちの「共通投票所」「期日前投票の弾力的運用」について。現実問題として、共通投票所が設置されることでかえって投票所の数が減らされ、投票のために遠くまで行かなければならなくなったり、「期日前投票の弾力的運用」がなされることで、期日前投票の時間が削減される事態が生じている。

なぜこうした状況を「利便性が向上した」と読売新聞や産経新聞などの全国紙は主張するのか。現実を検証せずに与党の主張を記事にするだけのメディアが「権力の監視」「社会の木鐸」の役割を果たしているのか。きちんと現実を直視すれば、公職選挙法に合わせて改憲手続法に「共通投票所」や「期日前投票の弾力的運用」を導入すれば、「投票環境の悪化」「利便性の悪化」につながる可能性を否定できないことが分かろう。

(2)繰延投票の告示期間の短縮

たとえば自然災害などで日曜日に投票できない場合、今までの改憲手続法では少なくとも繰延投票は木曜日以降になる。しかし公職選挙法に合わせる法改正の結果、翌日の月曜日の投票が可能になる。日曜日は自然災害で投票ができないので投票日を繰り延べる際、翌日の月曜日に投票できるのか? これが「投票環境の向上」となるのか?

「選挙」という「人を選ぶ投票」と、憲法改正国民投票という「国の基本法のあり方を決める投票」を同様な思考で対応することの誤りが明確に現れる項目である。選挙の際の繰延投票の告示期日を2日前にしたことも問題はある。ただ、当選人を早く確定させる必要性があること自体は否定できない。

一方、憲法改正国民投票は、憲法に対して主権者として意志表示をするものである以上、数日間の迅速性よりも、できる限り多くの主権者の意志表示が可能になる制度設計をすべきである。「繰延投票の告示期間の短縮」は「投票環境の向上」どころか投票環境の悪化をもたらす可能性がある。

2021年6月2日、私は参議院の憲法審査会で参考人として出席したが、「繰延投票の告示期間の短縮」については削除等を主張した。

(3)投票できない国民がいる状態が放置されている改憲手続法は「違憲状態」

2005年9月、最高裁判所は、海外にいる日本人が投票できない状況にある公職選挙法を憲法違反と判示している。同様に、憲法改正国民投票で投票できない日本人がいる状態が放置された改正改憲手続法も違憲状態にある。

新型コロナウイルスに感染して自宅療養や宿泊療養している人たちについて、自民党や公明党などは2021年6月15日に特例法を制定し、7月4日の都議選で投票できるようにした。この改正は公明党の党利党略のためであり、「不正投票防止」の観点から十分な検討がなされていないなどの問題がある。

ただ、投票できない人がいる状況を克服しなければならないことは確かである。不在者投票のこうした措置は改正改憲手続法では採られていない。要介護5の人しか投票できない状況も放置されている。「洋上投票」も、長期航行に出ている船員は憲法改正国民投票ができない可能性がある。

投票できない国民がいる状態は最高裁判所の判例に照らしても憲法違反となるが、改正改憲手続法でも投票できない人が放置されたままである。こうした改正改憲手続法下での国民投票の発議も憲法違反となる可能性がある。

3.改憲手続法の根本的問題点

(1)「国民主権」原理の要請を満たさない改正改憲手続法

国のあり方を決めるのは国民という「国民主権」からすれば、主権者である国民が直接、意志表明をする「国民投票」は国民主権の具体化と思われるかもしれない。ただ、「国民主権」は国民が直接、投票できれば良いという形式的な意味だけで理解するのは適切ではない。国民が公正・公平な投票環境で投票できることも「国民主権」原理の要請となる。

ネットのウソの情報に欺かれた状態での国民投票は、「真の主権者意志の表明」とは言えない。この点、改憲手続法にはテレビCM、インターネット、外国資本などへの規制がなく、「金で買われた憲法改正」「デマから生まれた憲法改正」「外国資本に買われた憲法改正」となりかねない。主権者である国民の意志が真に表明されるためには、これらの規制が適切に法で明記されなければならない。

テレビCMに関して完全に自由にすると、経済力のある団体は資金にものを言わせてテレビCMを圧倒的に垂れ流す一方、資金のない団体などは意見を表明できず、市民が一方的な見解の影響を受けた状態で国民投票を行う状況が生じる可能性がある。これでは「金で買われた憲法改正」となりかねない。ところが改正改憲手続法にもCMに関する規制がない。公正公平な投票環境を整備するため、適切なCM規制が必要となる。

また、選挙の際にも候補者を意図的に貶める、極めて悪質なフェイクニュースも後を絶たない。フェイクニュースに欺かれた状況で国民投票が行われれば「デマから生まれた憲法改正」となりかねない。ネットに関しても適切な法規制が必要になる。

さらに「外国資本に買われた憲法改正」となる危険性を回避するための法的対応も必要である。放送法や電波法では放送事業者に対する外国の影響力を排除するため、外国人株主の議決権の比率を20パーセント以下にすることが義務付けられている。憲法改正国民投票に際しても外国資本への法的規制をしなければ、「外国資本に買われた憲法改正」となりかねない。

自民党は、株式の50%以上を外国資本が保有する企業から政治献金を受け取った政党が憲法改正国民投票の際に「国民投票運動」をしても、「我が国の政治や選挙が外国の勢力からの影響でゆがめられることはない」とする(2021年4月22日衆議院憲法審査会での中谷元委員答弁)。

こうした自民党の主張に納得できるだろうか? 外国資本による土地取得が問題として、自民党は「土地等監視及び利用規制法」を強行採決した。そうであれば、改憲手続法でも外国資本の影響を排除するための法改正が必要だ。外国資本が日本の憲法改正国民投票に影響を与え、「外国資本に買われた憲法改正」とならないため、外国資本にも法規制が必要である。

(2)附則4条との関係について

衆議院憲法審査会では立憲民主党の修正提案で、「施行後 3 年を目途に」、有料広告制限、資金規制、インターネット規制などについて「検討を加え、必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする」附則4 条が加えられた。上記のように、国民主権の真の実践のためにはCMやインターネット、外国資本の規制が必要である。

これらの規制を講ずることを明記する、改正改憲手続法附則4条は、公明党の北側一雄議員も認めたように(2021年6月9日参議院憲法審査会)、「国民主権」原理を実践する規定としての意義を持つ。そしてこの附則4条は法案に対する修正案として国会に提出された。自民党などは立憲民主党の修正案を受け入れた形で採決した以上、附則も法的効力を有する。したがって、「必要な法制上の措置その他の措置を講ずる」法的義務を負う。法的措置を講じないでの憲法改正発議は「違法」の可能性も生じる。

4.おわりに

以上、改正改憲手続法の問題点を指摘した。全国メディアは「権力の監視」「社会の木鐸」としての役割を果たさず、自民党や公明党の主張を宣伝するだけの報道に終始している。改正改憲手続法の問題を直視せず、「利便性の向上」との主張をそのまま代弁する。

しかし改正改憲手続法ではかえって「投票環境」「利便性」が悪化する可能性もある。また、投票できない人が放置されているなど、最高裁判所の判例に照らしても憲法違反状態が放置されている。さらにはテレビCM、インターネットでのフェイクニュース、外国資本の影響を受けないようにするための法的規制がなされていない。

こうした改正改憲手続法で国民投票が行われれば、「金で買われた憲法改正」「デマから生まれた憲法改正」「外国資本に買われた憲法改正」になりかねない。こうした国民投票は「真の国民主権の実践」とは言えない。

本稿では触れなかった「最低投票率」あるいは「最低得票率」の問題も含め、附則4条にある、国民主権原理に適う法改正がなされない限り、憲法改正国民投票は許されないとの主権者意志をいまから政治家たちに十分示す必要がある。