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戦争法案と憲法

2015年7月14日

戦争をさせない1000人委員会事務局次長の飯島滋明さん(名古屋学院大学准教授)より、戦争法案について、憲法上どこが問題となるのか論考を寄せていただきました。

戦争法案と憲法

飯島滋明(名古屋学院大学准教授・戦争をさせない1000人委員会事務局次長)

 2015年5月15日、メディアで安保法制と言われる法案が国会に提出された。安倍自公政権はこの法案を「平和安全法制」などと命名している。ところがこの法案では、日本が攻撃されてもいないのに、時の政府が日本の安全も脅かされる「存立危機事態」「重要影響事態」などとの口実をつければ自衛隊が世界中で武力行使をすることが可能になる。こうした法案の本質を正確に示すのであれば、「戦争法案」と呼ばれるべき法案である。

【1】戦争法案について

(1) アメリカの軍事負担の分担

アフガン、イラク戦争で疲弊したアメリカは、軍事行動や軍事費を他国に負担させようとしてきた。アメリカはそうした軍事負担を日本にも求めている。そのことが顕著に表れているのは、最近では2015年4月27日に再改定された、「日米ガイドライン」(以下、新ガイドラインとする)である。日本とアメリカの軍事的役割および分担についての日米の約束である新ガイドラインは、「日米同盟のグローバルな性質」を「強調する」としている。そして「D.日本以外の国に対する武力攻撃への対処行動」の箇所で、日本が攻撃されていない場合の共同武力行使や「アセットの防護」「捜索・救助」「機雷掃海」「艦船防護の護衛作戦」「船舶検査」などをアメリカと約束した。

こうしてアメリカの代わりに新たな軍事的な負担を日本が受け入れることを表明したのが新ガイドラインである。そして、ガイドラインでの約束事項を実現するために安倍自公政権が今の国会に提出したのが戦争法案である。後述するように、戦争法案にはガイドラインで約束した対米支援内容が盛り込まれている。2015年4月30日、安倍首相はアメリカ議会で今年の夏までの戦争法の成立を約束した。安倍自民党が戦争法案の成立に躍起になっているのは、アメリカとの約束があるからである。

(2) 地理的制約の撤廃

繰り返しになるが、新ガイドラインは「日米同盟のグローバルな性質」を「強調する」としている。それを受けて戦争法案でも、自衛隊が世界中で行動することが目指されている。

現行自衛隊法3条2項1号では、「我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態に対応して行う我が国の平和及び安全の確保に資する活動」が自衛隊の任務となっている。一方、今回の改正自衛隊法案では「我が国周辺の地域における」の部分が削除されている。「我が国周辺の地域における」という文言を削除することで、地理的な制約を取り払い、世界中で自衛隊が活動することが法的に可能になる。

また、「後方地域支援」「後方地域捜索救助活動」のように、「後方地域」という地理的制約のある「周辺事態法」の代わりに、日本に重要な影響があると政府が判断すれば世界中で「後方支援活動」「捜索救助活動」が可能になる「重要影響事態法」の成立が目指されている。

自衛隊法や周辺事態法のこうした改正により、世界中で自衛隊が武力行使をすることが可能になる。

(3)集団的自衛権の行使

たとえば1954年6月3日衆議院外務委員会での下田武三条約局長答弁、1981年5月29日政府答弁書などのように、今までの歴代政府は、集団的自衛権は憲法上認められないという憲法解釈を60年近くにわたり採用してきた。ところが安倍自公政権は2014年7月1日の閣議決定でそうした立場を放棄した。戦争法案では、日本が攻撃されていない場合でも、日本が危機になる可能性が高いと時の政府が理屈をつければ世界中での自衛隊の武力行使が可能になる。

たとえば日本が攻撃されていないが、「わが国の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険」にあたる場合が「存立危機事態」(改正武力攻撃事態法案2条4号)とされる。時の政府が「存立危機事態」と認定すれば、日本が攻撃されてもいないのに自衛隊が海外で武力行使することが可能になる(法案3条4項)。そして「存立危機事態」と認定された際にも国民や自治体、医療機関、報道機関などの「指定公共機関」が国の措置に協力させられる(法案3条1項)。新ガイドラインでは「日米両政府は、支援を行うため、中央政府及び地方公共団体の機関が有する権限及び能力並びに民間が有する能力を適切に活用する」と約束している。こうしてアメリカの戦争支援のため、日本の「国家総動員体制」が構築される可能性がある。

(4)自衛隊の海外での武力行使範囲の拡大

新ガイドラインでは、「アセットの防護」「捜索・救助」「機雷掃海」「艦船防護の護衛作戦」「船舶検査」などもアメリカと約束した。「アセットの防護」「艦船防護の護衛作戦」を可能にするため、戦争法案では自衛隊法95条の2が新設されている。「国際平和支援法案」では、国際社会の平和と安全を脅かし、日本も積極的に寄与する必要があると政府が判断する事態が「国際平和共同対処事態」とされている(法案1条)。そして「国際平和共同対処事態」の際、「協力支援活動」(法案3条2項、7条2項)、「捜索救助活動」(3条3項、法案8条1項)、「船舶検査」(改正船舶検査法案2条)などを行うことになっている。後方支援に関しては、「弾薬の提供」や「戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油及び整備」も可能となる。「捜索救助活動」は目の前で戦闘行為が行われている現場でも可能とされている(国際平和支援法案2条3項但書)。

【2】憲法上、なにが問題か

(1)憲法の平和主義違反

今までの歴代政府は、自衛隊の海外での武力行使は憲法上認められないとしてきた。しかし安倍内閣の下で提出されている戦争法案では、日本が攻撃されているわけでもないのに、日本の安全も脅かされる「存立危機事態」「重要影響事態」という口実をつければ、自衛隊の海外での武力行使が可能になる。しかも、国会での政府答弁を聞いても、どのような事態が「存立危機事態」「重要影響事態」かが明確ではない。これでは海外での武力行使を時の政府の自由な判断に任せることになる。こうした法案、「武力の行使」を禁止し、「交戦権」を否認している憲法9条違反の法案と言わざるを得ない。国会承認が政府による憲法違反の武力行使の歯止めになるとの主張もあるが、議院内閣制のもとでは普通は議会多数派から首相が選ばれることを考えると、首相の海外派兵の決定に対して国会承認が歯止めとならない場合の方が実際には多いだろう。

(2)立憲主義違反

権力者は憲法に従って政治を行わなければならないという考え方が「立憲主義」と言われ、近代国家では当然の考え方とされている。「立憲主義」について大学で教わったことがないと言った自民党の国会議員がいたが、立憲主義という用語は高校の政治経済の教科書にも載っている。また、安倍首相は立憲主義について、「王権が絶対権力をもっていたころの考え方」などと述べた。しかし1798年にトーマス・ジェファーソンが「権力に関わる事柄で、もはや人間への信頼を語るのはやめよう。悪さなどをしないよう、権力者を憲法という鎖で縛るのだ」と語ったように、王様のいないアメリカでも、「立憲主義」は当然の政治原理とされてきた。

安倍自公政権は憲法に反して海外で武力行使が可能になる戦争法案を成立させようとしている。こうした安倍自公政権の政治手法は、憲法に従って政治を行うべきという立憲主義を蹂躙するものである。かつて麻生元首相は、ナチスの手口をまねたらどうかと発言したが、憲法の平和主義に反する法律を制定することで憲法を空洞化する安倍自公政権の手口、最も民主的と言われたヴァイマール憲法を骨抜きにする「全権委任法」を成立させてヴァイマール憲法を蹂躙した、ヒトラー率いるナチスの手口と同様の手法である。

(3)国民主権に反する政治

戦争法案が成立すれば、「戦争ができない国」から「海外で戦争ができる国」に日本が変わる。国のあり方をこのように変えるのであれば、民主主義国家である以上、主権者である国民の意志を問うべきである。にもかかわらず、国民や国会では十分議論がされていない。国民の理解も進んでおらず、そのために今の国会での法案成立に反対の世論が圧倒的多数である。国民を無視して「戦争のできない国」から「戦争をする国」に日本を変えようとする安倍自公政権の手法、独裁国家ならともかく、政治的先進国では到底ありえない暴挙、「国民主権」「民主主義」を蹂躙する暴挙と言わざるを得ない。

【3】おわりに

以上のように、憲法的に言えば、日本が攻撃されてもいないのに、「日本にとっても危機」「国際平和貢献」などと時の政府が理屈をつければ自衛隊が世界中で武力の行使が可能になる戦争法案は、「武力の行使」を禁止し、「交戦権」を否認した憲法の平和主義に反する法案である。戦争法案を成立させようとする安倍自公政権の政治は、権力者は憲法に従って政治を行なわなければならないという、近代法の基本原則である「立憲主義」にも反する。主権者である国民の意志を問うことなく、「戦争しない国」からや「戦争できる国」に日本を変えようとする政治手法も「国民主権」を無視するものである。こうした憲法違反の法律を私たちは認めるのか。

安倍首相は自民党のインターネット番組で「自衛隊や国民のリスクが減る」と言っている。自衛隊員は戦場に送られることになるのに、なぜリスクがなぜ減るのか、国民に納得のいく説明が可能なのだろうか?また、「国民のリスクが減る」とも言っているが、自衛隊が海外で武力行使をするようになれば、国民もテロの対象になるなど、やはりリスクは高まる。自衛隊が海外で戦闘することで、自衛隊員に戦死者→自衛隊への志願者の減少→徴兵制、という事態を野中広務元官房長官、加藤紘一元自民党幹事長、小池清彦元防衛官僚は危惧するが、彼らの心配事は杞憂と言えるのか。

また、戦争は女性とも決して無関係ではない。歴史的にも、アジア太平洋戦争の際、約3万5千人の医療関係者が戦場に派遣され、看護師1120人、医師8人、薬剤師1人が殉職している(『従軍看護婦たちの大東亜戦争』刊行委員会編『従軍看護婦たちの大東亜戦争』(祥伝社、2006年)297頁)。最近でも、たとえば働く女性の20人に1人は看護師だが、実際に湾岸戦争(1990年~91年)の際、アメリカの要請を受けて日本は50人の中東医療派遣団を派遣している。1999年の周辺事態法や2003年に有事三法の制定の際、自民党は看護師に負傷兵の手当を強制的にさせる法律の制定を検討していた。戦争になれば、医師や看護師も戦場に行かされる可能性が高い。

私たちの子孫に平和な社会を引き継ぐためにも、私たちは、中国や北朝鮮の脅威をあおり、世界中で自衛隊の武力行使を可能にする法律を成立させようとする安倍自公政権、「抑止力」「沖縄の負担軽減」などという虚偽の理由で、アメリカ軍の出撃拠点となる辺野古や高江の新基地建設を強行しようとする安倍自公政権にNOを突き付ける必要がある。